瞑想は、きわめて自然な意識状態です。
むしろ瞑想は「自然をとりもどした」意識状態、といったほうがいいかもしれません。
人は年をとるにつれて、いつもなにか心配ごとにとらわれ、なにかを考えている状態になります。
ときどき心を休めるのが自然なことですが、それができないときが出てくるのです。
意識的になにも考えないような状態をつくりだせればいいのですが、それが困難になっているのです。
それは、人間として不自然なことです。
瞑想をすると、自然をとりもどし、心を休めるべきときに、心を休められるようになります。
ですから、瞑想をなにか宗教的な難行というふうに考える必要はないのです。
もちろん、瞑想はきわめて神聖で奥深い宗教的なものだと考える人は、その思いで瞑想にとりくむのがいいでしょう。
ただ、自分の体験から、一般の人が身近な心を休める方法として瞑想を実行することをお勧めしたいのです。
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ある哲学者のお話です。
そりゃあ、私だって人間です。
裸にすりやあ、へそはやっぱり一つですよ。
修行して、難行苦行したから、へそが三つになったわけじゃないんだから。
だから、私だって、そりゃあ腹の立つこともあれば、悲しくなることもある。
特に怒ることは、私は自分でも恥ずかしいくらい、のべつ怒ってたという人生だったんです。
今でもときどき、そういう気持ちが出ますよ。
こう言うと、「へえー、じゃあ先生、あんまり偉くないね」「あんまり偉くねえんだ」「それじゃあ、俺たちと同じじゃないか」「そう。同じ人間だもの」。
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